〜ひとみにうつるもの〜
中学校の校庭。夕日のオレンジ色の光が射し込んでくる。
運動部の練習は全て終了し、生徒は帰路を急いでいた。
よ〜い、ドン!
夕日を背に、俺はスタートの練習をしている。
よ〜い、ドン!
ひとりで黙々と練習をしている。
何度も何度も、走り出しては止まり、スタートラインへ戻る。
そして、俺が走り出そうとした瞬間、
「よ〜い、ドン☆」
不意のかけ声だった為、あまりの驚きにつまずいてしまった。
「!!!!! なんだ、吉澤かよ…」
振り向くと、タオルを片手に持った同級生である吉澤ひとみが立っていた。
「なんだ、じゃないでしょ。もうみんな帰っちゃったよ」
「いいよ。俺は…もうちょっと練習してく。そういう吉澤だってまだジャージじゃん」
言ってから気付いたのだが、吉澤は確かに学校指定の陸上部ジャージを着こなしていた。
「練習・練習はいいけど。少しは休憩した方がいいよ……」
「わかってるって。でもさ、今日の部活中の100mダッシュ見たろ? あいつにだけは負けたくないんだよ」
「あいつって、黒柳君?」
「そう。黒柳康夫だよ。あいつは同じ2年の中では一番期待されているだろ? こんな落ちこぼれの俺でも、あいつに勝ちたいんだよ」
「そぉ…じゃ、がんばってね☆ 応援してるよ! はい、タオル」
吉澤は天使のような笑顔を見せ、タオルを俺に手渡し、そそくさとグランドから走り去っていった。
「ごめんねぇ〜。今日、歌のレッスンがあるからぁ〜。…今度、居残りつきあうよぉ〜」
遠くから吉澤の声。
そっか、あいつ歌手めざすって言ってたよな…。すげぇよな、陸上部では期待のスプリンター(次期部長候補)だし、歌を歌わせたらうまいし、後輩の野郎共には人気があるし。
うらやましいよ。それに比べ俺なんて、勉強はダメ、走るのが好きで入った陸上部は万年補欠、容姿はイマイチで彼女いない歴が年齢と一緒(泣)雲泥の差だよ。
吉澤はこんな俺にもやさしいしさ。
眼中にないっていえば嘘になる。俺にとって、吉澤はそんな存在だな。
「くはぁ〜。さ、一息入れて練習練習っと」
俺は流れ出す汗をタオルで拭き、辺りが暗くなるまでスタートの練習を続けた……。
あぁ〜、朝か。
おっと、そうそう朝練があるんだったっけ♪
さて、鏡をみて速攻寝癖を直し、俺は朝飯を片手に自宅を出た。
「いってきま〜す」
俺はいつも、時間がないので朝飯は朝練の後に食べているのだ。
だから登校するとき、朝飯持参というわけ(わかったかな?)
「おはよう!」
「ん? あ、吉澤。おはよう!」
「昨日は、お疲れ様。今日も朝練がんばろう」
「おう、朝練がんばろうな」
吉澤はいつ会っても笑顔だよなぁ…。吉澤のこんな笑顔見ちゃうと、ダメな俺でもがんばろうっていう気になるし…。
学校まで吉澤とダッシュする。
登校するときまで練習とはすごいだろう?
自分でも驚くよ、本当に走るのが好きなんだな。
学校へ着くと、ジャージへ着替え、部員全員グランドで自主トレを開始する。
基本的にここの陸上部は、トレーニングなど自己管理の元で行われている。
俺もジャージへ着替え、他の部員と一緒に自主トレを開始した。
「はい、集合!」
耳をつんざくような笛の音がグランドに鳴り響いた。
自主トレを行っていた部員達は、笛を鳴らしたコーチの元へ集まる。
「えっと、来月の陸上競技大会のメンバーを発表する」
部員達がざわつく。聞いてないよ・不公平だと、コーチへヤジを飛ばす。
「静かに。今日のメンバー選考は不公平でなく、公平に決めたつもりだよ。じゃ、まず100m選抜から」
ざわついていた部員達も、誰が選考されたか気になるらしく、しんと静まり返った。
「100mは黒柳・松岡・花咲(はなざき)の3名」
呼ばれた名前の中に、俺の名はなかった。
その後、各種目ごとに発表があったが、結局俺は補欠で決定らしい。
「で、最後に100m×4リレーは、都・赤松・吉澤……。あと一人はまだ未定だから、選考されるよう今後がんばるように」
あ〜あ、俺もダメだなぁ…。あんだけ練習してるのに…。やっぱり努力より才能だよ。
「じゃ、解散。また、放課後のトレーニング…がんばって行うようにな」
俺は力無く立ち上がると、制服へ着替えるため更衣室へ向かった。
足取りはいつも以上に重い。
「どーしたの、そんなくらい顔して…」
「!、吉澤か…。俺、がんばって練習してるのに補欠だぜ」
「あれ、聞いてなかった? リレー1人決まってなかったよ…これから決めるって」
「ああ。でもムリだよ、俺よりタイムがいい豊田が選ばれてないし」
「ムリなんて絶対いっちゃダメ! そう思ったら本当にムリになっちゃうよ。練習がんばればいいじゃん。実力や実績って練習の後についてくるものだよ。あたしはキミの努力、すごいと思うし。だから…」
「……練習、……がんばるよ」
俺は吉澤にそれだけしか言えなかった。
それから数十日後、俺は体育教官室へ呼ばれた。
「失礼します」
「ああ、待っていたよ。ところで呼んだ理由なんだが……、お前に100m×4リレーに出てもらいたいと思っている。普段から練習がんばっているしな」
「本当ですか? …でも豊田の方がタイム早いと思うんですけど」
「そうだな…。だがあいつは自分の実力を過信しずぎているよ。練習にだってあまり来ないだろう? あれではいつまでたっても、現状から成長することが出来ないな。それに…」
「……?」
「約一名から、……お前のことを、強く推薦されてね(苦笑)……こんなに彼は練習してるんですよ、とか…彼のタイムはこの2週間でこんなにも早くなっているんですよ……と、資料持参で薦められてね。……私もよく考えたんだが、お前の努力は前から高く評価していたし、今回リレーを努めるのは他にいないと思ったんだ。是非、リレーを走って欲しい」
コーチは苦笑いしながら、俺のレギュラー入りを伝えてくれた。
俺はレギュラーなんて絶対に無理だと思っていたので、心底驚いた。
驚きのあまり言葉のでない俺に、コーチは俺の肩をぽんと叩いて、こういった。
「それじゃ、がんばれよ。リレー期待してるからな」
「はい!」
失礼しました、と挨拶をして体育教官室を後にする。
う〜ん、俺がレギュラーか……信じられないなぁ……。
もっともっとがんばって、実力をつけないと。吉澤にも追いつけないな。
俺はウキウキしながら教室までの道のりを歩く。
普段長く感じるこの道のりも、今回はやけに短く感じた。
「ねぇ、コーチに呼ばれたんでしょ? どうだった?」
吉澤だ。クラスは違うが、廊下を歩く俺を見て教室から飛び出してきたようだ。
「え? ああ、リレーのレギュラー取れたぜ」
「おめでとう! じゃ、一緒に走れるじゃん!」
「そうだな、がんばらないと」
「がんばって優勝しないと…。それぐらいの期待はみんなしてるよ」
「俺もそれくらいの意気込みだよ。レギュラーになれなかった奴の分まで走ってやらないと」
「そうそう。…大会まで後少しだけど、練習また一緒にがんばろう」
「ああ。……ところで吉澤、話があるんだけど……」
「?、どうしたの? そんなに改まって?」
「放課後、校舎裏にある桜の木の所に来てくれないか」
「……いいけど…、なに?」
「ちょっと……。じゃ、放課後な!」
俺はその場をもうダッシュで駆けだした。
あることを前から決めていた。
レギュラーになったら、吉澤に告白しようと……。
もう自分に嘘はつきたくない。いま思っていることを、素直に吉澤に伝えたかった。
やっぱり俺は吉澤のことが好きだ。好きで好きでたまらない。
この気持ちを吉澤に言わないと、きっと後悔しそうで……。
言わないで後悔するんだったら、結果はどうであれ言ったほうがいい。
俺はこの時、腹に決めた。
放課後。
クラスの奴らは次々と帰る支度をし、教室を後にしていた。
だが、俺は迷っていた。
吉澤に告白するとして……どう言えばいいんだ?
いきなり好きとも言えないだろう……。
う〜ん。
しばらく考えていると、教室には俺以外誰もいなくなっていた。
静けさが俺を包み込む……。
「よぉ☆ 元気してる?」吉澤だった。
「!(驚)」
「なに、そのオバケを見たような顔は(笑)……本当にビックリしたんだね」
「………」
「で、話って? ……あ、そうか。じゃ、あっちで待ってるよ☆」
「………」
吉澤は学校の制服(ブレザー)を揺らしながら、教室から出ていった。
告白だけど……まあ、話の流れからうまく告白へ持ち込めばいいかな……。
と、俺は軽く考えていた。こんなことでずーっと考えていても、なにも始まらない。行動を起こさないことには、次には進めないし。
誰かが言ってたな……。ずっと悩んで考えているだけなら、寝ている方がマシだって。
だってそうだろう、考える事なんて誰でも出来るし、裏を返せばなにもしていないってことにならないか? だったら相談したり、自分からアクションをしたほうがいいって事だ。
俺は自分を説得させて、席から立ち上がる。
なぜかイスを引きずる音も、普段よりうるさく感じるのは気のせいだろうか……。
忘れ物がないか最終的なチェックを行い、鞄を片手に俺は教室を飛び出した。
普段、教室から吉澤のいる校舎裏の桜の木までは5分弱なのだが、今日はとても長く感じる。不思議と足も重たい。
やはり自分の生涯で初告白に期待と不安が入り交じっているのかもしれない。
俺が桜の木の付近に来たとき、木の陰から吉澤が飛び出してきた。
「遅いぞ、なに悪さしてたのかな(笑)」
コツンと吉澤に額をつつかれた。
「痛いなぁ、ちょっと考え事してたんだよ」
「ほんとにキミは考え事好きだね〜。で、なに?」
「ところで……。まず、あそこに座らないか?」
「うん♪」
俺は桜の木の近くのベンチを指さし、吉澤と一緒に座った。
「で? なあに?」
「あのさ……コーチに俺を推薦したのって吉澤だろ」
「あれぇ? ばれた?」
「バレバレだよ(笑) でも、吉澤が推薦しなくてもコーチは俺のことレギュラーにするって考えていたらしいんだ」
「そぉ! それは良かったね!」
「だろ? へへへん」
俺は吉澤に対して、ちょっと威張った感じで笑った。
「今日はやけにご機嫌なんだね。……、そういえばさぁ、もう来週は大会じゃない? あたしからキミにプレゼントがあるんだけど。レギュラーのお祝い」
「……ん? なに?」
「じゃ〜ん、ひとみちゃん特製の鉢巻だよ〜♪ 結構大変だったんだから……」
「あ、ありがとう」
俺は吉澤から鉢巻を受け取った。その時に気付いたのだが、吉澤の手や指には絆創膏が所狭しと貼られていた。どうやら苦労して作ったみたいだ……。
「ねぇねぇ、ちょっと裏を見てくれる?」
「ああ…」
鉢巻の裏を見ると『キミならできるよ! 1着で駆け抜けろ!! byひとみ☆』と手書きで書いてあった。
「これ……」
「ね、凄いでしょ。コレ作るのに苦労したんだから……」
吉澤は絆創膏だらけの指で鼻をかいた。
「とっても嬉しいよ。……ところで、話のことだけど」
「ああ、そうそう。で、なんなの? 用件は?」
吉澤はベンチに改めて座り直した。俺の表情から、大事な話だと気付いたらしい。
「……。俺さ、好きな陸上ずっと続けてるじゃん? レギュラーなれない万年補欠だったけど。でも本当に走るの好きだから、陸上部に入ったんだ。で、吉澤にあった」
「そうそう……。キミとは喧嘩が耐えなかったよね〜、最近はないけど」
「で、俺は気付いたんだ。吉澤が居たからキツイ練習もがんばれたし、ここまでやってこれたと思ってる」
「過大評価しすぎだよ〜、あたしなんてそんな……」
「だから今の気持ちをはっきり言うよ。吉澤……好きだ……」
「………」
「………」
一瞬、刻(とき)が止まった。
俺と吉澤の間を、柔らかい風が通り抜けていく。
そしてしばらくの時間が過ぎてから、吉澤がゆっくりと話し始めた。
「うん……あたしだって……キミの」
キンコーン、カンコーン……
吉澤の言葉は、チャイムでかき消された。
「じゃ、練習行くか、吉澤」
「うん」
そして陸上大会、当日。
空は雲一つない快晴、絶好のコンディションだった。
「はい、じゃあ100m×4リレーに出場する選手の方、集まって下さい」
俺は軽くウォーミングアップしていたが、放送でお呼びがかかったので、気合いを入れ直し出場するメンバーと落ち合った。
「あれ? 吉澤がいないじゃん。……都さぁ〜、なんか知ってる?」
「ああ、吉澤ね。多分、来られないよ…」
「なんでだよ! ウソ言うんじゃねぇ!」
俺は都に軽くあしらわれたので、激怒した。普段、穏和な俺もキレると怖いんだ(苦笑)
「おいおい、なに怒ってるんだよ(苦笑) イヤだな〜、お前知らないのか…吉澤のこと」
「なにがだよ……」
「へへ、その顔じゃ知らないな。吉澤がオーディション受けてるの知ってるだろ?」
「ああ、そりゃ…まぁ……。モーニング娘。のやつだろ?」
「そうそう。それで、今日から強化合宿なんだってよ……だからこれからリレー出るのムリだね」
「ええ?! だって吉澤と約束したんだけどなぁ」
「とにかく、吉澤は来ないよ。俺達でがんばろおうぜ」
俺は助けを求めるようにコーチを見たが、コーチも青ざめた表情で選手交代の手続きを行おうとしていた。
「コーチまで!! ちくしょう、俺は吉澤を信じるよ。あいつは絶対に来る」
「出走まであと3分です。リレーの方は、各配置に移動して下さい」
くそ、なにやってるんだよ、吉澤。
時間がないじゃないか。
俺は吉澤のプレゼントである鉢巻をきつく締めて、自分の順番である第3走者の所へ並んだ。
「よ〜い、パン☆」
リレーがスタートした。うちの学校は最後方。まあ、出だしはしょうがないよ。
第2走者にバトンが渡され、一気にスパートをかけ先頭とのビハインドを縮めた。
そして第3走者である、俺にバトンが手渡される。
俺は風と共に走っている。自然と身体が軽い。
そしてコーナーを曲がり、最終コーナーを曲がったところで、アンカーの姿を見ると……
「こらぁ〜、なにしてるの。練習の時みたいに走りなさい。私が抜いて1着になってみせるから」
吉澤だった。来てくれたんだな、……嬉しいよ。
俺は苦し紛れに吉澤にバトンを渡すと、吉澤は一気にスパートをかけた。
早い、早すぎる。
他の学校をごぼう抜きとは、いやはや、参りました。
結局、一着にはなれたが、出場選手を吉澤から豊田に替えていて、吉澤が走ってしまったため不正ということになり、無効となってしまった。
残念だが仕方ない。でも、俺にとってはイイ思い出になったと思う。
「えへへ、ごめんね。やっぱり来て走っちゃった♪」
「俺は、信じてたよ。で、オーディションは大丈夫なのか?」
「大丈夫もなにも、車止めて来たから。ほら、みんな待ってる☆」
「?」
俺は吉澤の指さした方を見ると、十数人の女の子が見えた。
みんな吉澤に熱い視線を送りながら、健気に吉澤のことを待っていた。
へぇ〜、みんなカワイイなぁ。げ、中一の女の子まで居るよ(苦笑)
でも、辻って子、かわいい☆
「吉澤、みんな待ってるから早く行ってあげないと」
「うん。あ、そうだ、この前の返事してなかったね」
「返事?」
「キミがあたしに好きって言ってくれたでしょ。そのお返事♪ あたしもあなたのこと大好きだよ」
「や、やめろよ、照れるだろ(照笑)」
「えへへ。それじゃ、ね。オーディションがんばるから」
「それじゃあな」
吉澤はくるりと踵(きびす)を返し、待っていた女の子達の群に飛び込んでいった。
俺は寂しい気持ちになったが、吉澤から大好きと言われたので、あまり寂しくならなかった。
と、俺の青春はこんなところだ……。
これで終わりだと思うだろ?
でも、コレには続きがあるんだよ。
数ヶ月後、テレビではモーニング娘。が出ていた。
「新メンバーになった吉澤ひとみです。これからも頑張るので応援よろしくお願いします」
カワイイ衣装を身にまとった吉澤がブラウン管に居る。
「それでは、歌っていただきましょう。モーニング娘。でハッピーサマーウェディングです」
俺は心底驚いたよ、まさか吉澤が本当にあのモーニング娘。に入れるなんて思いもしなかったから。
ふと机を見ると、陸上大会のときの「吉澤と俺のツーショット写真」が置いてある。その隣には、吉澤特製の鉢巻が……。
俺は吉澤にずいぶんと助けられた。吉澤も頑張っているんだから俺も頑張らないとな。
今、俺は2004年に行われるオリンピックの陸上競技に出場をしたいと思っている。
努力はしないといけないが、俺は出場できると信じてるよ。
だって、走ることが大好きだし。
「お兄ちゃ〜ん、練習遅れるよ」
あれ、気付いたらこんな時間。妹が居てくれて本当に助かるよ(苦笑)
「よし、練習行くか!」
俺は練習用のシューズを持ち、家を飛び出した。
真夏を思わせる日差しがギラギラと俺に照り付ける。
「もう、夏か。早いなぁ……」
俺は風を切りながら、練習場へと走っていった。
完。
【あとがき】
どうだったでしょうか? まず手始めということでよっすぃ〜の物語を書いてみました。
青春ですね〜。 僕もこんな青春してみたいっす(笑)
現在、この物語の続編を執筆しようと構成を練っているので、お楽しみに〜♪
感想などを掲示板へカキコしていただけると、とっても嬉しいです。
それでは〜☆