〜第3章 ひとつの涙〜

        

 それは、コンビニのアルバイトをしている女子大生『藤野鈴華』さんと、とある遊園地で遊んでいるときに起こった。
 鈴華さんは俺に対して、今日は楽しもうと提案し、俺もそれに合意した。
 なぜならば、幼なじみである彩乃は現在、親友の松岡とつきあっている。だったら俺だって女の子の一人や二人と遊んでも良いと思ったからだ。
「じゃ、黒柳くんっ♪ 手、繋ごうか☆」
「……ああ…」
 で、照れくさそうに手を繋ごうとすると、後ろから声をかけられた。
「黒柳!」
 振り向くと、冷や汗をかいて焦っている松岡が居た。
「!、んお、松岡じゃんか。こんなところで奇遇だな」
「なに悠長(ゆうちょう)なこと言ってるの……マズイよ、本当に」
「?、マズイ、なんでだよ(苦笑) ところでなんで松岡がこんな放楽園にいるんだ?」
 すると松岡は、たんたんと俺に話し始めた……。
 まず、今日が彩乃とのデートで放楽園に来ていたこと。
 で、お昼の買い出しに彩乃から離れたら、仲良さげに歩く二人を発見したこと。
「で? 何が大変なことなんだよ……」
「………」
 松岡は俺の問いに答えず、真っ青な顔をして口を閉ざしていた。
「なぁ……なんだよ、大変な事って……俺がここにいちゃ悪いっていうのかよっ!!」
 なにも話そうとしない松岡に対して怒鳴り散らすが、事態はかわらず…松岡は口を閉ざしたままだった。
「ったく、わけわかんねぇよ。……藤野さん、行こうぜ」
「ん、…うん……」
 俺は藤野さんの手を引き、その場を立ち去った。
 藤野さんは取り残された松岡を心配そうに振り返りながら、悲しそうな表情をしている。
 俺はそんな藤野さんの表情を見ていたが、特に何とも思わなかった。
 自分はとっても冷血なのかもしれない……
 女の子という異性に対して冷たすぎるのかもしれない……
 なぜ、女の子に優しい言葉がかけられないんだろう……
 どうして、好きな人に対し好きといえないんだろう……
 自分は精神的には、まだまだ子供なのかもしれないな……


 俺と藤野さんは立ち去った後、だいぶ走ったので休憩をかねて観覧車に乗った。
 すると藤野さんの方から俺に対し、問いかけてきた。
「黒柳君、あれで本当に良いの?」
「は? なにが?」
「松岡君、なにか言いたそうな感じだったけど……」
「だって、聞いてるのに答えないあいつが悪い」
「第三者の意見なんだけど、あれじゃ誰も答えられないと思うよ」
「……」
「話そうとしてるのに、聞こうとしてる人間が怒鳴り散らして怒ってるんだもん。言いたいことだって言えなくなるよ」
「……」
 俺はムスっと、むくれた。
「私から見ると、今回は黒柳君がちょっと悪いんじゃない?」
「はいはい、反省すりゃ〜いいんだろ」
「本当にそう思ってる? あのね、そういう態度を取ってると、しまいに友達なくすよ」
「大丈夫。松岡は俺の親友だし、あいつならあれくらいで凹まないよ」
「他人のこと、100%理解はできないんだよ。それは黒柳君がそう思いこんでるだけでしょう?」
「……」
 俺は藤野さんの正当な言葉に反論できなかった。
「いい? これから言う事をよく聞いて欲しいの」

 それは藤野さんの昔の出来事らしく、親友についてだった。
 昔、藤野さんは男の人と付き合っていたらしい。
 別に年頃の女の子だし、異性との付き合いなんだから当たり前のことだと思う。
 そしてある日、昔から長い付き合いである親友から相談に乗って欲しいとお願いがあった。
 藤野さんは親友なんていつでも会えるし、恋人とのデートの待ち合わせに間に合いそうもなかったので、親友のお願いを断った。
 そう、藤野さんは親友ではなく恋人を選んでしまったのだ。
 デートの最中にそのことを恋人に言うと、恋人は人が変わったように激怒したらしい。
 デートはいつでもできるが親友の相談は今しかできない。
 相談の内容も聞かずに、断ってきてしまうなんて友達にひどいとは思わなかったのか?
 恋人はすごい剣幕だ。
 藤野さんも少しはそのことについて、少し気にはかけていた。
 しかし自分の友人に対する軽い気持ちが、恋人と友人の両方に気分を害することになってしまい、心底驚いた。
 俺のことはいいから、親友に会ってこい。
 恋人はそれだけ言うと、立ち去ってしまった。
 藤野さんはそのあと猛ダッシュで親友の家に向かった。
 なんかイヤな予感がする。しかもこういう時のイヤな予感はよく当たる。
 親友の家に着くと、家の前になにやら赤色灯が回るパトカーが何台か止まっていた。
 家に入ろうとすると、警察官に止められた。
「だめだよ、入っちゃ。いま調べてる最中なんだから」
「調べてるって、なにかあったんですか?」
「ここに住む、高校生の女の子。が亡くなったんだよ」
「えっ?! 嘘でしょ?」
 藤野さんはそのことが信じられなかった。
 さっきまで相談があると電話で話していたので、なおさら信じられないのだ。
 そのあと、よくよく話を聞いてみると……その親友は自殺を図る前から悩みがあった。
 実の父親からの近親相姦。
 それを苦に自殺をしてしまったらしい。
 あの時に相談に乗ってさえいれば…こんな事には……と、いつも思っているが死んでしまった今は、何を言っても後の祭りである。
 藤野さんは恋人を取ってしまったことにより、親友を失ってしまったのだ。

「……黒柳君、聞いてるの?」
「んぁ?」
 俺は遠くに見えるレインボーブリッジや東京タワーを眺めていた。
 はっきり言って藤野さんの話は、まったく聞いていない。
「ねぇ、私の話……聞いてくれた?」
「……レインボーブリッジがきれいだ」
「もぉ、黒柳君の馬鹿!! 真剣に自分のこと話したのに……」
「なになに? ……ほら見ろよ、東京タワー。よく見えるぜ」
「ひどいよぉ……。……こんなの黒柳君じゃない……」
 藤野さんはとうとう泣き出してしまった。
 そんな中、観覧車は無情にもただただゆっくりと動いているだけだった。
 狭い密室の中で、藤野さんは大粒の涙をぽろぽろとこぼしている。
「あ〜あ、観覧車もあとすこしで終わりか……」
 俺のそんなセリフを後目に、藤野さんはずっと泣き続けている。
 ……藤野さん、本当に泣いてるぞ……どうすりゃいいんだよ……。
 いてもたっても居られない俺の心に、ふとなにか引っかかる事があった。
 母親から依然言われた、あのセリフだ。
『彩乃ちゃんは女の子なのよ。あんたの男友達や弟じゃないの、いい? 女の子なんだよ……女の子っていうのは……』
 俺はあのとき、とっさに母親から逃げ出したが……多分、母親はこのあとこう言おうとしたんだと思う。
『もろくて儚いものなのよ……もし、泣かせてしまったら素直になりなさい。きちんと謝るのよ。素直に謝れば相手だってわかってくれる』
 ……なんとなくだが、そういう感じがする。
 もうちょっと母親の話も聞いておけば良かったと少し後悔する。
「あ、あの……ふ、藤野さん……」
 藤野さんは相変わらず泣き続けていた。
「なんていったらいいかわかんね〜けど、今回は自分が悪かったよ」
 俺は自分の行き過ぎた行動に反省をして、藤野さんに謝った。
「ごめん。俺、なにか勘違いしてた。こんなに人を思いやれないって人間として最低かもしれない」
 藤野さんは泣きじゃくりながら次のように言葉を並べた。
「自分の気持ち……相手の気持ちが……少しでもわかればそれでいいの……」
「本当にごめん」
「黒柳君……もしかして……彩乃ちゃんにも……同じような事して……傷つけてない……?」
「………(図星)」
 まさにその通りだった。
 俺は彩乃をかなり傷つけたのかもしれない。
『はい、どうも〜。ご利用ありがとうございました。降りる際は十分ご注意ください』
 観覧車、終了……長いようで短かった10分間だった。

 その後、夕日が落ちていくまで俺は藤野さんと遊園地で遊んだ。
 ただあの観覧車に乗った以降は、あんまり会話という会話はしていなかった。
 ……う〜ん、なんだろ、気まずい雰囲気がなんかずっと流れてる感じがする。
 今ではだいぶ藤野さんとうち解けてきたが、今日はそれにしても自分は一つ大人になったと思った。
 以前の俺は泣かせたら泣かせっぱなしで、それが良いと思っていたのだ。
 でも実際はそれではいけないんだ。やっぱり自分の悪いところは認めて、素直に謝り反省する……これが正しいことだと藤野さんは俺に気付かせてくれた。
「黒柳君、……彩乃ちゃんに謝っておいた方がいいよ、もし喧嘩してるんだったらね」
「ああ……家に帰ってから電話で素直に謝るよ」
「そうそう。人間、素直に謝ることが一番よ。あと、松岡君にも謝ること」
「そうだ、松岡も…か(苦笑)」
 今までの自分の行動を思い起こしてみると、苦笑いするようなことばかり……。
 俺はだいぶ、人生の道を間違っていたみたいだった。
「彩乃ちゃんは女の子なんだから、ちゃんと丁寧に謝るんだよ」
「ああ……」
「もしかしたら、また彩乃ちゃんと付き合えちゃうかもしれないし」
 藤野さんは笑ったが、なんか少し寂しそうな表情だった。
「……でも、藤野さんはそれで…」
 俺の言葉は途中で藤野さんにかき消された。
「ストップ。同情はやめてね……私のことは気にしないで、彩乃ちゃんに今の気持ちをちゃんと伝えて。その方が良いよ」
「……それで本当にいいのかよ」
 藤野さんは寂しそうに笑いながら、今の心境を伝えた。

・コンビニに来ている、黒柳と彩乃の楽しそうに会話してる姿が好きだったこと。
・二人が喧嘩して以来、黒柳はすこし自暴自棄ぎみだったし、寂しそうな顔が見てられなかったこと。
・黒柳にぴったりな女の子は、昔から居る彩乃だと感じてること。

 俺は驚きのあまり絶句してしまった。
 まさか藤野さんがここまで自分を心配してくれていると思ってなかったからだ。
「黒柳君、善は急げって言葉知ってる?」
「ああ、知ってるけど」
「だったらさ、早く帰って彩乃ちゃんに電話で今の気持ちをうち明けた方がいいんじゃない?」
 俺は力強くうなずくと藤野さんに別れを告げ、自宅へ急いだ。
 途中、何度も藤野さんの方を振り返り、手を振ってお別れを告げる。
 藤野さんも笑顔で手を振り返してくれた。
「今日は楽しかった。また遊ぼうなぁ〜」
「はぁ〜い」

 黒柳の後ろ姿を目で追いながら、藤野はそっとつぶやいた。
「あ〜あ、私っていつもこうだなぁ〜……好きな人を助けて、恋のキューピッドになって……」
 苦笑いしながらも、純粋な瞳からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。
「そう、これでいいのよ。これで……」
 藤野は必死に笑顔を作り、ポジティブになろうと決心する。
「さぁ、私もステキな彼氏を捕まえて、黒柳君に見せつけてあげなきゃね。ガンバろ♪」

 その日の夜。
 俺は久しぶりに彩乃の家に電話をかけた。
『はい、織田でございます』
「あ、あのぉ、黒柳ですが……」
『こんばんわ。康夫君、久しぶりじゃない元気してる?』
「え? ええ、まあお陰様で……」
『そう、良かった。おばさん心配してたのよ。…あ、彩乃ね…ちょっと待って』
「……」
 この保留の時間が俺にとってかなりの緊張する時間だった。
 しばらくすると、保留の音楽が止まった。
『はい……』
「あ、彩乃か? 俺だけど……」
『なに?……』
「今日は伝えたいことがあって電話したんだ」
『……』
 黒柳康夫、おまえは今日素直になれ。
 と自分に勇気を持って彩乃に話しかけた。
「この前はごめん、俺が少しいいすぎたよ。悪かったと思ってる」
『……うん』
「そ、それで…いまの俺の気持ちを素直に言うよ。彩乃、よく聞いてくれ」
『……』
「俺は、彩乃のことが好きだ。今の素直な気持ちだ」
 彩乃は黙ったままだった。俺は疑問に思い、彩乃に話しかけた。
「彩乃?」
 すると受話器の向こうからすすり泣く声が聞こえてきた。
 俺はまた彩乃を泣かせてしまったらしい……。
「ご、ごめん」
 俺は彩乃に謝った。
 すると彩乃は泣き声をこらえ、精一杯の声で次のように話した。
『どうして…ヤックンが謝るの?』
「だって、彩乃が泣いてるから……」
 心配そうに彩乃に話しかけると、彩乃は泣きじゃくっている……。
『ばか、これは嬉しくって泣いてるの。本当ヤックンは乙女心って言うのがわからないんだから(泣笑)』
「そうか……。それじゃ俺はまだまだなんだな」
『そうだね(笑)』
 それからは普通に普段通り彩乃と会話していた。
 いままで二人とも話をしてなかったので、うっぷんを晴らすように長電話をした。
 ウチの親も、長電話の相手が彩乃だと知るとなにも言わない。唯一、俺が長電話を許されている相手が彩乃なのだ。
 そして楽しい会話をしていると、イヤな事というのは思い出しやすいと言うことで……。
 気付くと松岡の話題になっていた…。
 そう、今現在は彩乃と付き合っているのは松岡秀明である俺の親友だ。
 告白を俺がして、彩乃と寄りを戻そうものなら松岡が黙ってはおかないだろう。
 あいつも彩乃の事を想ってる事に変わりないしな。
『で、ヤックンどうするの?』
「まぁ、こうなったのは俺が原因だし、俺が直接言って松岡を説得するよ」
『がんばってね☆ それじゃ、また』
 かるく別れの挨拶をして電話を切った。
 彩乃は以前のように明るくなった気がする。
 というより今までが彩乃らしくなかったかもしれない。
 それが今、水を得た魚のようにのびのびと会話を楽しんでいた。
 俺も彩乃が以前の様になったので嬉しくなった。

 今の自分に気がかりなのは、親友である松岡の存在だ。
 こういう形になってしまった以上、俺が松岡に対して説得しなければならないだろう。
 でないと、松岡も納得行かないと思うしな。
 これからが思いやられる(苦笑)

【つづく】


【あとがき】

 どうでしょうか。
 プロット作成1時間。執筆時間5時間というとてつもないスケジュールの元、頑張りました。
 たぶん話がちょっと急展開になってしまったような気がありますが、自分としては満足してます。
 それにしても黒柳君はずいぶん大人になりましたねぇ〜。
 僕も黒柳君くらい優しくなりたいです……(それもどうかと思うけどね)
 ま、良いのではないかなと思ってます。

 で、また残念なお知らせなんですが、次回でこの物語は終了と言うことになりました。
 明日、またプロット作成を行い……綿密な打ち合わせを行って制作に入ります。
 なので、またしばらくは更新できないかもしれませんが、ひとつご了承ください。
 それでは、桃澤和哉でした。
 またね☆


[戻る]